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    【特集】ミニチュアカーで見る、ちょっと古いレーシングカーたち

    2014/06/04 19:43|【特集】TB:0CM:2
    【特集】ミニチュアカーで見る、ちょっと古いレーシングカーたち
    子供とミニカーで遊んでいたら、中々懐かしいレーシングモデルが幾つかありましたので、ここに特集してみました。
    ミニチュアカーが持つ、独特の味わいと共に、懐かしんでいただけたら幸いです。

    日産シルビア・ターボC・ニチラ日産・シルビア・ターボC・ニチラ(マーチ83G日産)
    ポルシェ956旋風が巻き起こったグループCカー時代に、日産が送り出したグループCカー。
    実態は、英国マーチエンジニアリング社製シャーシに、シルビア・スーパーシルエットと同様のLZ20Bターボを搭載したものでした。ドライバーは、星野一義選手と、愛弟子の新鋭、故・萩原光選手でした。
    ニチラは、後のカルソニックで、当時は、日本ラヂエータと云う社名でした。
    このシャーシをデザインしたのは、21世紀のF1界を席巻する奇才、エイドリアン・ニューウェイです。

    ※2015/05/10、何台かクルマを追加しました。


    【ミニカー】日産・スカイラインRS・グループA仕様(トミカ)日産・スカイラインRS・全日本グループA選手権
    日本のレースが熱かった1980年代のグループAレース仕様です。日産創立50周年を記念してのカーナンバー50番は、トミカ・ピーダッシュ・スカイライン。トミカのレーシングカーと云えばこの人、長谷見昌弘選手のマシンでした。

    ベース車両は、今も人気の鉄仮面ことDR30型スカイラインRSです。



    UNISIA JECS GTR R32 GroupA(トミカ)日産・スカイラインGTR・全日本グループA選手権
    蛍光オレンジのカラーリングが鮮やかなR32型スカイラインGTRは、嘗ての4冠王、長谷見昌弘選手のユニシアジェックス・スカイラインで、ロゴが「UJ」で、カーナンバー1番ですから、おそらく1993年ごろの全日本グループA仕様と思われます。ロゴは、他に「UNISIA JECS」や「JECS」と入っているタイプがありました。
    ユニシアジェックスは、元々厚木自動車部品と云う自動車部品の会社で、日産車の油圧部品などでそのロゴを見ることが出来ます。このクルマの本物の写真は、♠こちらです。


    UNISIA JECS GTR R33 JGTC(トミカ)日産・スカイラインGTR・全日本GT選手権
    こちらは、同じくUNISIA JECSスカイラインの長谷見選手号ですが、1997年ごろの全日本GT選手権のR33型スカイラインGTRです。
    1993年まで行われた、グループA選手権と違って大きなエアロパーツで囲まれているのが特徴です。
    長谷見昌弘選手は、全日本GT選手権で1994年から1998年頃までこのカラーリングで活躍しました。



    FALKEN MOTER SPOERT GTR R34 Nur2002(トミカ)日産・スカイラインGTR・スーパー耐久
    オーツタイヤ「ファルケン」カラーのR34型スカイラインGTRは、ドイツの24時間耐久レース「ニュルブルクリンク24時間」でも活躍したGTRです。
    カーナンバー1番は、2002年ごろのN1スーパー耐久で活躍したモデルと思われます。

    この鮮やかな「FALKEN」のカラーリングは、世界中で人気があり、2010年代に入っても、国内外のドリフト競技車両などで見ることが出来ます。



    【ミニカー】ジャガー・XJ-S・グループA仕様(トミカ)ジャガー・XJ-S・ヨーロッパツーリングカー選手権
    1980年代、トム・ウォーキンショー率いる・TWRのワークス・ジャガー、グループA仕様です。
    このカラーリングで、当時のインターテック富士にも出走しました。当時の全日本グループAは、2000ccまでが主体だったので、V型12気筒6リッターNAの走りは、迫力満点でした。

    ベース車は、丸目4灯のアメリカ仕様ですが、本物はヨーロッパ仕様の異型2灯式でした。



    【ミニカー】フォード・トーラス・ナスカー(ホットホイール)フォード・トーラス・NASCAR
    派手なステッカーが、子供にも人気の米国・ナスカーシリーズの車両。マクドナルドカラー#94は、ビル・エリオット選手のフォード・トーラスと思われます。
    ナスカーは、ほんの数回ですが、鈴鹿東コースで開催されたこともありました。そのサウンドは、アメリカン・マッスルカーそのもののビートの効いた大排気量V8サウンドでした。



    【ミニカー】フェラーリ・156(マジョレット)フェラーリ・F1
    デフォルメされているので考証は曖昧ですが、このF1は、156/85あたりがベースと思われます。
    フェラーリ156/85は、ミケーレ・アルボレート選手や、F2で中嶋悟選手のライバルだったステファン・ヨハンソン選手がドライブした時代のマシンです。
    この時代、栄光の#27は、アルボレート選手でした。

    1.5リッター、V6ターボ搭載のターボ時代のF1を象徴する巨大なリヤウイングが特徴です。


    【ミニカー】フォード・スーパーバン2マッチボックス)フォード・スーパーバン2・レコードブレーカー
    ビデオゲームの影響で、「ルノー・エスパスF1」は有名ですが、それ以前に、1984年にフォードが送り出した、ミラクルスーパーミニバンがありました。
    このファイバー製のワンボックスカーは、形こそフォード・トランジットですが、中身は、ルマンでも活躍したグループCマシン、フォードC100のテクノロジーを搭載し、C100用コスワースDFL 3.9リットルV8(なんと!500BHP!)を移植した異色のバンとして話題を呼びました。

    中身が中身だけに、当時のシルバーストン・サーキットで、最高速度174mph(278.4km/h)を記録したそうです。

    その後、スーパーバンは、3代目までが造られたそうです。


    フォード・GT40・マーク4・ルマン1967(食玩)フォード・GT40・マーク4
    コブラで有名な、シェルビー・アメリカンチームから、ダン・ガーニー、A・J・フォイト組みのオールアメリカンでルマンを制したGT40マーク4。
    21世紀に復刻したGT40のシリーズとは少し形が違うのが特徴です。


    フォード・GT40・ルマン1969(食玩)フォード・GT40
    通算6勝の元祖「ミスター・ルマン」こと、ベルギーのジェントルマンドライバー、ジャッキー・イクスが1969年のルマンで自身の初優勝とGT40にとって4連覇となる優勝に導いたフォードの傑作、GT40です。
    また、伝統のルマン式スタートの安全性に逆らって、ゆっくりシートベルトを締めて最後尾スタートになった逸話を持つのもこのマシンの時でした。
    21世紀でもその人気は衰えを知らず、数々の復刻やレプリカが存在する希有のレーシングスポーツです。



    【ミニカー】パノス・エスペランテ・GTR-1(ホットホイール)パノス・LMP-1・ロードスターS・ル・マン24H
    とてもユニークなスポーツプロトタイプカーは、米国、パノスのルマンカーです。
    運転席の位置が不自然に見えるのは、フロントミドシップレイアウトの為で、前に巨大な6リッターV型12気筒エンジンが搭載されているのが特徴です。
    赤の#11は、2000年のル・マン24時間に出走したマシンで、デビッド・ブラバム、ヤン・マグヌッセン、マリオ・アンドレッティと云うスーパースタートリオがドライブし、11位で完走しました。


    ランボルギーニ・ディアブロ・GTR(食玩)ランボルギーニ・ディアブロ・GTR
    当時のランボルギーニのフラッグシップカー、ディアブロをベースにレース用に仕立てられた限定車がディアブロGTRです。
    生産台数は30台と云われています。実物を見たことがありますが、カーボンファイバーを多用した、ロードカーのディアブロとは、似て非なるモデルで完全にレーシングマシンの装備を持っています。
    また、ディアブロ後期モデルには、日産フェアレディZ(Z32)の純正ヘッドライトを装備しているのが特徴です。



    【ミニカー】カルソニック・インパル・F3000(チョロQ)ローラT96/51・カルソニック・インパル・フォーミュラニッポン
    カルソニックカラーのフォーミュラは、フォーミュラニッポン(現スーパーフォーミュラ)元年となった1996年に、日本一速い男、星野一義選手がドライブしたローラがモデルと思われます。
    わたしはミニチュアコレクターではないので、限定プレミアムモデルには手を出さないのですが、さすがにカルソニックカラー+星野選手+フォーミュラと云う事で、珍しく新品を買った一台でした。

    昭和40年代生まれのおっさん的には、よく似た青いカラーリングの「ByZERO」カラーを思い起こさせる面もありました。


    【ミニカー】スズキ・スイフト・スポーツ・グループN仕様(トミカ)スズキ・スイフト・スポーツ・グループN
    新しいモデルですが、枯れ木も山の賑わいで載せました。
    2007年のジュネーブショウに、スズキ・スイフトのヨーロッパ仕様ベースのこのカラーリングモデルが展示されていたようです。

    グループNと云うのは、国際自動車連盟(FIA)の大量生産した量産車両のモータースポーツ規格のひとつで、ラリーや全日本スーパー耐久などの小規模改造車両でのレースに合わせたものです。


    【ミニカー】日産・サニー・B110・TS仕様(トミカ)日産・サニー・マイナーツーリング
    B110サニー・クーペに、オーバーフェンダー、チンスポイラーと云えば、TSレース仕様で、トミカのこの黄色いカラーリングは、やはり「マルゼンテクニカ」カラーを意識しているのでしょう。

    ベースは、サニークーペGX5ですが、オーバーフェンダーやスポイラーなど、このモデルはちゃんとレース車両用の金型で造られているようです。


    【ミニカー】童夢・セリカ(トミカ)童夢・セリカ・ターボ・スーパーシルエット
    セリカがベースのグループ5仕様と云えば、ドイツ、シュニッツァー社が製作した初代セリカ・リフトバックベースの青いセリカ・ターボが有名ですが、日本のレーシングカーコンストラクター、童夢がシュニツァー仕様をお手本にRA40系セリカ(2代目セリカ)をベースに製作したと云われているのが童夢セリカで、そのトミカもありました。フロントマスクやルーフ形状、リヤウイングに微妙な違いがあります。



    ランチア・ストラトス・ターボ・Gr.5
    ランチア・ストラトス・ターボ・Gr.5
    アリタリア航空のカラーリングが一世を風靡した、ランチア・ストラトス。
    ラリーでの活躍が有名ですが、日本ではこのGr.5仕様も有名です。1977年当時からしばらくは日本に在り、あの星野一義選手もドライブしたと云う逸話がある、スーパーカーベースのレーシングモデルです。

    ※この個体は、いつもフリーマーケットでお会いする出展者の方に撮らせて頂きました。



    ホンダ・RA302・F1ホンダ・RA302・F1
    ホンダの第一期F1活動最後のマシン、RA302です。
    ホンダが世界で初めて4輪の頂点に立ったRA272は横置きエンジンでしたが、このRA302は縦置き12気筒が特徴でした。
    両側に伸びる長いエキゾーストが大変美しいモデルですが、戦績は思わしくなく、不幸な事故もあって、第一期F1活動の終焉を迎えることになったマシンでもありました。




    (トミカ)トヨタ2000GTスピードトライアル仕様
    (トミカ)トヨタ・2000GT・スピードトライアル車
    1966年10月に、茨城県の谷田部テストコースにて、国際スピード記録を樹立したスピードトライアル仕様車です。
    当時、72時間、15,000キロを走破し、13のスピード世界記録を達成しました。その平均時速は13項目のすべてで平均時速200km/hを超えています。
    黄色いボディに緑のボンネットは、日本人にとって、栄光の2000GTと云える一台です。



    【ミニカー】トヨタ・2000GT・富士24時間(トミカ)トヨタ・2000GT・富士24時間
    赤いストライプ、#1のワークストヨタ2000GTと云えば、伝説の「富士24時間レース」優勝車。細谷四方洋選手/大坪善男選手がドライブしました。
    1967年に、たった一度だけ行われた富士スピードウエイでの24時間耐久レース。
    #2の2000GTと#20のスポーツ800を従えて、ワンツースリーフィニッシュを飾ったシーンは、あまりにも有名です。

    夜を徹しての長丁場のレースに備えて、大きなフォグランプを2個追加してあるのが特徴でした。


    【ミニカー】マツダ・787B(トミカ)マツダ・787B・ル・マン24H
    とりを飾るのは、やっぱりこのクルマ。マツダ787B。
    日本車初のルマン24時間レース総合優勝を果たした、マツダ787B。栄光のチャージカラー#55です。
    4ローター式のロータリーエンジン「マツダR26B」を搭載し、1991年のルマンを制覇しました。

    2011年には、ルマンに招待され、優勝車をドライブしたジョニー・ハーバート選手のドライブで、再びサルテサーキットにロータリーの甲高いサウンドを轟かせました。

    ※ジョニー・ハーバート選手は、F1にも参戦した名ドライバーですが、全日本耐久選手権参戦時には、自らのレースを捨ててマシンを停め、300km/hオーバーで大クラッシュした他のマシンのドライバーを救出に向かったと云う逸話を持つ、勇敢なジェントルマンドライバーでもあります。


    【こぼれ話】
    今回は、子供が遊んでいるミニカーを眺めていると、ミニカーの持つ独特の魅力と、それでありながら歴史の一ページをも刻んでいく素晴らしさにふと思い立ち、企画しました。

    わたしは、コレクターではないので、これらのミニカーは、コレクションルームや床の間に飾ることなく、子供に遊ばせています。
    子供はまだ、それぞれの車種が持つ歴史やエピソードなど知る由も無い年齢ですが、いつか「あのミニカーはこういうクルマだったんだ。」と、思い起こす瞬間が訪れれば嬉しいと思います。

    自分が子供の頃、憧れに憧れたスーパーマシンたち。
    それらは子供の手に引き継がれ、いつになっても懐かしく、輝かしい魅力を放っていました。
    コメント
    たかが子供のミニカー、されど大人にも耐えうるミニカーですな。
    ミニカーはレースのカラーリングを着て歴史の語り部にもなります。
    そしておっさんもミニカーを見て、なにやら語る事が出来るのです。
    そして、私のように何も知らない物でも、鈴鹿でナスカーやってたんだ、知らんかったと興味を持つ事になるのです。

    親父から子供への無言の贈り物。ミニカーってすばらしいです。
    くれぐれも集め過ぎにはご注意。(あっ私の事)
    鈴鹿でナスカーやってたんだ、
    バカ男 #z8Ev11P6|2014/04/13(日) 23:28 [ 編集 ]
    バカ男さん

    Nostalgia-Cars 制作者のNostalgia1970です。
    すばらしいコメントありがとうございます。
    わたしたちおっさんは、刑事ドラマでセドリックのかっこよさを知り、スーパーカーブームで外車を知り、そしてミニカーや何気ない絵本の挿絵でGulfカラーのフォードがルマンで優勝したことを知りました。
    日本のトップフォーミュラ(当時はF2)だって、長谷見選手だって、トミカの目ん玉が着いたマシンで知ったのでした。

    そして、そうなんです。90年代に2回だけ鈴鹿でNASCARのレースがありました。
    その名も「鈴鹿サンダースペシャル」と云うプロレス技みたいなタイトルの付いたレースでした。
    東コースだけを使ったレースで、日本人も数名参加しました。
    あの、ドリキン土屋圭市選手も出ていたと思います。

    わたしは、当時のファン感謝デーのスタンド前でドーナツターンを見ました。
    アメリカンV8独特のドロドロ音の特大版で、ビートの効いたド迫力サウンドでした。

    集め過ぎ・・・う~ん。もうすでに時お寿司・・じゃなくて遅しかもしれません。
    園児が300台も持ってるなんて。。。(汗)。

    Nostalgia-Cars Webサイト管理者 Nostalgia1970
    Nostalgia1970 #WgvW/Y1g|2014/04/14(月) 00:13 [ 編集 ]
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