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    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年*)

    2010/11/28 22:36|日本車-日産TB:0CM:4
    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_01日産サニークーペGX-5
    (NISSAN SUNNY CUPE GX-5 - B110型 - 1972年*)


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_02モータースポーツの世界で、1980年代のFRクーペと云えばハチロクこと、AE86レビンですが、対して1970年代のFRクーペを代表するモデルと云えば、B110型サニーです。

    B110型サニーのマイナーツーリング(MT)クラスやTSクラスでの活躍は、名だたる日本の名ドライバーを輩出したことをはじめ、「マルゼン・テクニカ・サニー」など、今でも伝説となっています。

    そのベースとなったのが、この5Speedギアと、ソレックスキャブレターで武装したスポーツバージョン。
    「サニーGX-5」です。



    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_03B10型に始まり、一般公募で「サニー(SUNNY)」と名づけられた、日産自動車のファミリーカーの2代目がB110型で、セダンやバン、そして21世紀でも人気の「サニトラ」こと、サニートラック(B120型)など、数々のバリエーションを揃えていました。

    そして、スポーツバージョンの「サニークーペ(SUNNY CUPE)」の中でも、最上級グレードのGXが登場し、さらに5速マニュアルミッションを搭載した、GX-5が、1972年に登場しました。

    当時の乗用車は、3速か4速が主流で、5速と云えば豪華装備で、走りの代名詞と云える存在でした。


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_04ボディサイドの赤いストライプ、そしてフロントグリルとトランクフードの「GX-5」のエンブレム、さらにボンネット後ろのインテークに設けられた樹脂製のエアダクトカバー、黒に塗られた後ろのライト周りのガーニッシュなどが、GX-5の特徴です。

    ここで紹介するのは、初期型で、フロントとリヤのサニーの「S」エンブレムの両サイドにフィンが着いているのが初期型の特徴だそうで、後期型はこのエンブレムではないそうです。

    スタイリングは、70年代の標準的なクーペタイプボディで、コンパクト且つ、スタイリッシュに非常によくまとめられたデザインを持っています。


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_05リヤのコンビネーションランプ周りが黒のガーニッシュで覆われているのが、GXの特徴で、GX-5にはさらに専用の「5speed」のバッジが着いています。

    また、両サイドのドアに2つづつエアインテークが儲けられているのもB110型サニー・クーペの特徴です。

    ルーフからテールエンドにかけてのシルエットや、サイドウインドウのカーブなどが絶妙で、時を経ても色あせない魅力的なクーペボディを持っています。


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_06当時の若者の憧れだったGX-5.
    サニー・クーペの最上級で5速仕様だったこともさることながら、やはり当時のTSレースを席巻したモータースポーツでのイメージも、人気を強く後押ししました。

    黒と赤の東名自動車のアドバンサニーや、マルゼンテクニカの黄色いサニーは、今でもミニチュアカーなどで、多く再現され、人気を博しています。

    80年代にAE86が台頭するまで、非常に長きに渡って、プロダクションカーレース(当時は、サルーンカーレースとも云われていたようです。)を支えてきました。さらにB110型は、日本のワンメイクレースのハシリでもありました。


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_08こちらは、フロントウインドウの前に着いている空気取り入れ口に取り付けられたGX専用のエアインテークカバー。プラスチック製ですが、この個体は、とても良いコンディションを保たれていました。
    今で云う、エアロパーツの先駆けでもあります。

    今となっては、大変貴重なパーツだそうです。


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_07日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_11
    初期型GX-5の特徴的なエンブレム。
    左がフロントグリル中央に配置された、サニーのマーク。
    右がGX-5のエンブレム。GX-5speedとなっています。5速ミッションが偉かった時代のシンボルマークです。
    右の写真は、当時の憧れが凝縮されたカットと云えるでしょう。


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_09【スペック】
    エンジン:A12型 水冷式直列4気筒 OHV 1,171cc ソレックス型キャブレター2個付
    最大出力:83ps/6,000rpm
    最大トルク:10.0/4,000rpm
    変速機:フロア式5速マニュアル
    駆動方式:FR
    車両重量:710kg
    乗車定員:5名


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_10ソレックス・キャブレターを2基搭載する、GX-5のA12型OHVエンジン。
    この個体のエンジンは、ハイテンションコード(プラグコード)、遮熱シート、アルミ2層のラジエータなど、社外カスタムパーツできっちりとチューンされており、ソレックスの独特の快音を発していました。
    また、ストラットタワーバー(足回りの補強)や、ピロアッパーマウント(キャンバー角を任意に変更できるパーツ)で、しっかりと足回りも強化され、見た目にも、フェンダーにタイヤが少し被るぐらいの絶妙な車高にチューンされていました。


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_12室内は、コブラのシート、シュロスのフルハーネスベルトなど、丁度いい感じのクラブマン仕様にドレスアップされています。
    ステアリングやシフトノブなどは、GX-5オリジナルの状態を、綺麗に保たれていました。


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_13インストゥルメントパネルは、B120サニートラックにも共通する形状で、3眼式のメーター配置ですが、最上級グレードだけに、しっかりとタコメーターも装備され、アナログ時計は、センターコンソール上に見やすい大きさのものが配置されています。
    このアナログ時計も、GX-5の純正品だそうです。


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_14日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_15
    こちらは、メーターパネル。トルク重視型のOHVエンジンなので、タコメーターは、6,500rpmあたりからイエローゾーン、レッドゾーンとなっているようです。
    ステアリングは、GXシリーズ専用のエンブレム入りウッドタイプです。
    左下に見える、小さなメーター2眼は、外品の大森メーター製と思われます。


    日産・サニー・GX5(B110型 - 1972年)_16【こぼれ話】
    こちらは、関西のフリーマーケットイベントの会場で、オーナーさんに取材をお願いしました。
    会場に、小気味良いソレックス音がしたので、振り向いてみると、この綺麗なGX-5が爽快に走ってきました。

    1980年代に、UHF系のテレビ番組で「モータースポーツダイジェスト」と云う15分程の深夜番組があり、そのテレビで、筑波や富士で活躍するB110サニーを子供の頃によく見ていました。
    ワンメイクレースのハシリだったのですが、有名なTSレースは、当時既にKP61や310サニーになっていましたが、プロダクションクラスでは、まだまだたくさんのB110が活躍しておりました。

    わたしは大人になってから、アマチュアモータースポーツに22年ほど関わりましたが、そのきっかけは、鈴鹿で中島悟のF2レースを見たこと。そして自らワンメイクレース(日産マーチレースJAF中国シリーズ)に挑戦したのは、このB110サニーのレースをテレビで見た記憶が繋がっています。

    そんな憧れのクルマだったので、サニー・クーペは、小学生の頃の「大きくなったら欲しい一台」でした。

    四十雀の歳になって、GX-5を取材させていただき、あの頃の夢が少し叶った思いです。
    この場をお借りして、オーナー様、ありがとうございました。

    コメント
    最初の車がこれでした、あのころはロ-レルでしたが、マ-ク2に色はバイオレット!お決まりのソレックスで、カヤバのアプソ-バでした。ボンネットが他違うのが優越感でしたね。
    なお #FjJFyu2c|2011/07/15(金) 07:08 [ 編集 ]
    なお様

    はじめまして。Nostalgia-Cars 制作者のNostalgia1970です。
    当Webサイトをご覧頂き、コメントも頂きましてありがとうございます。

    GX-5にお乗りだったんですね。
    ソレックスにカヤバ、当時のいわゆるブランド物ですね。
    違うボンネットの優越感、よくわかります。いい時代でしたね。
    この感じを現代風に表現すると、ランボルギーニ・ムルシェラゴの普通のモデルとスーパーヴェローチェの違いぐらい値打ちありました。

    ちなみに当時、わたしは子供でしたが、ショックと同じKYBのステッカーが、コンクリートミキサー車にも貼ってあるのが不思議でしょうがなかったです(笑)。
    Nostalgia1970 #HsmQRNbc|2011/07/15(金) 19:36 [ 編集 ]
    30年前の学生時代、筑波をB110サニーで走っていました。4速モデルでしたが、車体も部品も解体屋で中古を買いあさり、足回りや保安部品、タイヤを足しても40万円も有れば戦える車が出来ました。最終コーナーに突撃する時はスピン覚悟でビビりました。でもGX-5には勝てませんでした。ヒール&トーがやりやすいと当時のオーナから聞き、羨ましがったのも今では思いでです。学生のバイト代だけでこんな事が出来ました。今ではあり得ませんね。レンタルカートで遊ぶだけです。良い時代だったと思います。いやー実に懐かしい。青春時代を思い出して良い気持ちになりました。感動。
    のぶ #ZaMn9npE|2011/11/01(火) 16:29 [ 編集 ]
    のぶ様

    はじめまして。Nostalgia-Cars 制作者のNostalgia1970です。
    当Webサイトをご覧頂き、コメントも頂きましてありがとうございます。

    わたしが中学生の時「モータースポーツダイジェスト」TVで見た筑波B110レースに出てらしたんですか。
    しかも、あの中に4速車も混じって走っていたのは初めて知りました。チャレンジングだったでしょうね。

    わたしは、次世代のK10マーチでしたが、四国で勝ってるクルマで65万でした。
    9年も作ってたモデルなので、車体もパーツもゴロゴロしてましたし、B110も同様だったのでしょうね。しかし翌年のK11からは、一気に製作費200万円台突入で諦めました。
    そして2008年に最後に走った借り物EG6シビックは製作費約600万と云われていましたから、
    とにかく「好き」と云う気持ちがあれば走れた時代、ほんとにいい時代でしたね。

    当時を懐かしんで頂けてなによりです。
    Nostalgia1970 #HsmQRNbc|2011/11/02(水) 01:13 [ 編集 ]
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